詰んでいた状況
みんなと笑うところが同じでなければならない。
みんなと同じ方向を歩かなければならない。
みんなが思っている通りのことを言わなければならない。
これは明らかに間違った観念であるが、
実際不文律として存在し往々にして吾らをがんじがらめにする。
いくらか時代は進んだとはいえ、
それでも依然として日本には「暗黙の強制」だとか「同調圧力」が横行してて、
みんな波風立てないようにしてる。
有り体に言ってしまえば、「軸」がないからってことに尽きると思う。
自分自身を律する確固たるアイデンティティの欠如が、
結局周りに合わせた方が傷つかないで楽だよねって結論になるんだと思う。
当時の敗北と感情
かくいう吾もそのひとりだった。
食事会の割り勘は1円違わず配分に協力したし、
駅の改札前でいきなり上長が総括の挨拶を始めてもその迷惑行為を止めることはできなかった。
そんな空気に飲み込まれながら、吾は苛立っていた。
なんで年上の人が率先して他の人への迷惑を咎めないんだ。
なんで正社員が率先して場を取りまとめないんだ(当時、吾は派遣社員だった)。
なんでみんなこの騒ぎをやめようとしないんだ。
張飛が大酒喰らうくらい無節操だ。
こんなんじゃダメだろ、という自家製の道徳感が腹の底から込み上げてくる。
吾はますます強い自己嫌悪に陥っていった。
転機となった書
そんなとき、『嫌われる勇気』という書を手に取った。
この手のメンタル系の書は、「あなたはそれでいいんですよ」と優しく頭を撫ででくれるものがほとんどだ。
だから、深淵な哲学の森の中に迷い込むような感じで、不快なことを忘れ、
こんな考え方もあるんだという発見をすることで溜飲を下げられたらそれでいいと思っていた。
ところが、度肝を抜かされた。
「対人関係を縦で捉え、相手を自分より低く見ているからこそ介入してしまう」というのだ。
相手を低く見てる?
空気読んで首を低くしてるのはこっちだけど?
この書から得た気づき
この書が言わんとしていることはこうだ。
- 人は共同体にとって有益なのだと思えたときにこそ、自らの価値を実感できる
- ありのままの自分を受け入れるからこそ、裏切りを恐れることなく他者信頼できる
- 他者に無条件の信頼を寄せて、人々は自分の仲間だと思えてるからこそ他者貢献できる
- 他者に貢献するからこそ、私は何かの役に立っていると実感し、自己受容できる
人間として生きている限り、対人関係による問題は尽きることがない。
その悩みから解放されるには、
他者の期待や評価を気にせず、「自分」の人生を生きることでしかないということ。
しかし、自分が周囲の環境の一員であること、つまり共同体に属していることが前提になるのだ。
組み直した戦略
じゃあ、結局、
空気読みながら、追従笑いしながらの共同体生活を続けなければならないのか。
このまま集団の中に埋もれ、自らの軸は持たないまま、
出る杭は打たれるような毎日を送らないといけないのか。
いや、待て。「共同体にとって有益」とはなんだ。
誰かの役に立っていることで自分に価値があると実感できるということは、
自分が共同体にいてどう感じるかより、どういう行動ができるかを考えてみたい。
実際に試したこと
共同体といっても広い意味で言えば、
会社の食事会、いつものメンバーの飲み会、地元の付き合いに限らない。
満員の電車、ランチに入った牛丼屋、立ち読みで寄った本屋で居合わせた人たちも含まれるだろう。
そうした環境の中で、有益な人物になるにはどうしたらいいだろう。
誰ひとり知らない、ただ隣り合った人に役立てることとは何だろうか。
たとえば、
- 電車にベビーカーを引いて乗車してきた女性がいたらそっとスペースを空けてあげる
- 無くなりそうな消耗品を取り替えたり補充したりする
それくらいの小さな配慮で十分だと思う。
そこには承認欲求が入り込む余地なんてない。
誰も気づいてくれないかもしれないが、
それでも自分自身の存在意義がぼんやりと見えきて、
それがだんだんと私という「軸」を育んでいく。
現在の状況と変化
それでもまだ、話したくない人、行きたくない場所、見たくない書類は山ほどある。
でも、嫌われたっていい、褒められなくたっていい、
周辺環境に身を置いて自分自身の価値を実感することで心安らかな生活を手に入れよう。
これこそが、今を生き残るモチベーションになっている。
同じ状況の者へ
受け入れられない人は多いと思う。
誰だって自分だけ注目されたいし話題の中心にいたい。引き立て役なんて嫌だ。
だが、「対人関係」という宿命から逃げることはできない。
現代はスマートフォンという自分だけの小宇宙に入り浸れるツールがあるせいで、
ながら見で歩道を逆走するまでして対人関係を振り払うことができてしまう。
きっと、自分の価値に気づけないから、頭でっかちになって相手を見下すんだろう。
承認欲求を捨てて、自分自身の価値観を見つける勇気を持ってみよう。
